ファーゴ (1996) ★★★★★

ファーゴ [DVD]

Fargo
director: Joel Cohen
screenwriter: Joel Cohen, Ethan Coen

あらすじ:
金策のため、実家が富豪の妻の偽装誘拐を企てる夫。妻の富豪の父親から金をゲットすることが目的だ。しかし、いつも付いてないこの男(しかもほぼ自業自得)、今回もやることなすこと裏目に出て…。


リビュー:
この映画は何回も観ていて、DVDも持っていて、で、今回また久々に観かえしてみたりしました。コーエン兄弟映画の最高傑作という声もあるこの映画、大変にコーエン兄弟らしい映画であると同時に、なんというか、「典型的なコーエン映画」かというと、どうなのかなあと言葉につまるような、そういう不思議な映画ですね。

いつもながらの趣味の良い趣味の悪さ、どことなく漫画的なキャラクターなど、コーエン兄弟らしさが満載。‥なんだけど、どことなくいつものコーエン映画とは違うような‥とも感じる。寒々としたミネソタ州の風景と人の良さそうな朴訥とした田舎の登場人物たちの描写にいつになく「リアルさ」があるからでしょうか。もちろん、ここで描かれているミネソタの田舎の朴訥さ(「マイアミ・ヴァイス」ならぬ「ミネソタ・ナイス」)はかなり誇張はされているけれども、それでも「いや、意外にこんなものかも」と思わせるところがある。

でも、人物描写よりも何よりもこの映画で特徴的なのは殺人のシーンで、いつものコーエン兄弟ならどこか饒舌になりそうなところを、この映画では70年代のアメリカン・ニューシネマよろしく、非常に抑えた冷淡とも言えるトーンで描いています。いつもと違う。コーエン兄弟、いつもはどこかおちゃらけの度が過ぎるような芸風なんですが、実はこういう、背筋が寒くなるような冷徹な描写が得意なんだな、と。そういえば、コーエン兄弟のデビュー作「ブラッド・シンプル」は非常にヒリヒリした、リアルな暴力描写がショッキングなスリラーで、この「ファーゴ」はその路線を一部復活させた映画だと観ることができるでしょう。もちろん、コメディ描写が絶妙にからんでいるところが「ブラッド・シンプル」にない「ファーゴ」の良さなんですけど、でもやはり、「ファーゴ」の寡黙なリアリティは、「ブラッド・シンプル」以来の、かつ、その後も復活させていない、コーエン兄弟の「影の持ち味」だと思う。

てゆうか、コーエン兄弟が、得意であるにもかかわらずあまりこういう路線を表に出さないのはなんでだろうと考えてしまいます。やはり「笑い」の方がシリアスさよりも高度な文化表現だと考えているのかなあ。それとも、笑いに走ってしまうのはただの照れなのかな。

「ファーゴ」は、ストーリー自体は実際は非常にシンプルで、映画の上映時間もすごく短かい。だから、何回も見直して深さに感服するというタイプの映画ではなくて、やはり一回目のインパクトが一番強い映画なんですが、二度目以降も独特の空気感のなか、いろいろ考えさせられてしまう映画でもあります。ハイ。フランシス・マクドーマンド、ウィリアム・メイシー、スティーブ・ブシェミ、ピーター・ストーメアというコーエン映画おなじみ俳優の存在感はいつも以上に最高。あ、いや、ウィリアム・メイシーは今のところ唯一のコーエン映画か。なんか、いつも出てそうなハマりぐあい。笑えたのは、言われなきゃわからん、超ちょい役のブルース・キャンベル。うつりの悪いテレビの昼メロの主人公役で、画面に出ているのはほんの数秒。出番少なすぎw

最後に、「実話にもとづく映画」という、映画最初に出てくるフリップは嘘であり、コーエン兄弟一流のブラックジョークだそうです。DVDの出演者インタビューでウィリアム・メイシーが言ってました。メイシーによれば、撮影中、コーエン兄弟に、「ところで実際の事件ってどんなだったの?」と聞いたところ「いや、そんな事件はなかった」と答えたそうな。「いやだって、脚本に本当の話だって書いてあるじゃん…」「ううん、全部作りばなし」「え? そんなことしちゃいけないでしょ?」「なんで?」「だって、本当じゃないことを言ってるわけでしょ?」「すべては俺たちの創作だよ? だって映画だもの。映画はフィクションだよ」「(メイシー絶句)」。コーエン兄弟らしいというか。しかしこの映画を観て、ノースダコタの田舎の雪の中に大金が埋まっていると信じて発掘に行って凍死した日本人女性がいたのは事実。いやはや、やっぱり事実は小説よりなんとやら?