iTMSのFairPlayは他社ライセンスされるべきか

現在、メジャーなレコード会社が参加する音楽配信サービスで楽曲を購入すると、ほぼまちがいなく「DRM」=Digital Rights Managementがくっついてきます。DRMは、楽曲ファイルを無制限にコピーすることを制限する暗号化されたコードで、購入された楽曲がP2Pなどで流通することを防ぐ目的があります。

AppleiTMSは、低価格、統一価格だけでなく、DRMにおいても先行する(そして後続する)配信サービスの先を行きました。それまでのDRMといえば、「楽曲ファイルの再生はその楽曲を買ったPCのみでしか再生できない」「携帯プレイヤーに転送するのにも回数制限」「CDに焼けない」「バックアップもできない」などのとんでもなくキツい条件が見られ、聴衆が配信サービスで購入した楽曲を資産だと考えることを拒絶する仕様でした。だってそうじゃないですか、PC一台にしばられて、バックアップもできない楽曲ファイルなんて集めたいなんて思いませんよ。

Appleはそれに対し、「FairPlay」という名の独自のDRMを採用しました。その内実といえば、「最大5台のPCでの再生が可能(認証解除もできるので認証のひきつぎも可能)」「携帯プレイヤーへの転送無制限」「CD焼き無制限(ただし、同一プレイリストからは7枚までしか焼けない)」というもの。レコード会社は当初(彼らの目から見て)常識はずれに緩いDRMに対して一様に拒絶反応を示したそうですが、Appleのねばり強い交渉により、なんとかiTMSに参加してもらえるようになったのはご存じのとおり。

そもそも、DRMというのは、レコード会社の論理では、「楽曲購入者は潜在的に違法行為を働く犯罪者である」という思想に基いています。違法行為を働かないリスナーももちろんいるかもしれないが、違法行為を働く可能性を否定できない以上、そういうことをしない人にも不便を我慢してもらわないといけないという姿勢です。対して、AppleのFairPlayは、違法行為を働かないリスナーを中心に据え、これらリスナーが不便を感じない範囲を死守しつつ、複製ばらまきを困難にする制限を加えるという姿勢で制限が定められています。

確かに、再生できるPCを5台に制限したところで、ほとんどのユーザは不便を感じないでしょう。オレは6台のマシンを使ってますが、別に6台全部で音楽を聴くわけでないし、問題ありません。ちなみにFairPlayでは、IDとパスワードによる認証が必要で、しかもこのIDとパスワードは楽曲購入時のID&パスワードと同じですから、他人にバラまくわけにはいきません。そのIDとパスワードがあれば勝手に曲を購入できるわけですから。

で、今回はFairPlayの説明をするのが主眼じゃないんですよ。

ええと、問題にしたいのは、AppleがFairPlayを他社に一切ライセンスしていないという点ですね。つまり、iTMSで購入した楽曲は、Appleの携帯プレイヤー、つまりiPodシリーズでしか再生できないのです。FairPlayにおいては携帯プレイヤーへの転送は完全に無制限ですが、転送できる携帯プレイヤーはiPodファミリーしかないわけです。

これについては、いろいろ批判の声もあるようです。オレがどう考えているかといえば、結論からいえば、いずれはFairPlayライセンスを考える必要はあると思いますね。

確かに難しい選択です。Appleは、iPodで収益を上げ、iTMSiPodライフを豊かにするための手段と位置付けているため、iTMSではApple自身はほんのわずかしか収益を上げてないということは良く知られています。それを、FairPlayをライセンスして、iPod以外の携帯プレイヤーでも再生できるようにすると、iTMSの売上げは伸びるでしょうが、iPodの売上げは減るかもしれません。繰り返しになりますが、AppleiTMSではあまり儲けにならないため、iTMSの売上げの代償としてiPodの売上げが減少するとそれは割にあわないわけです。

ただ、ここまでiPodの携帯音楽プレイヤー市場でのシェアが上がり、iTMS音楽配信市場でのシェアが上がると、将来的には世の中の配信と携帯プレイヤーの市場がAppleの中で完結するような事態にもなりかねません。それはさすがに市場原理からすると不健康であると言えるでしょう。ヘタすると独禁法にひっかかることにもなりかねません。

また、個々の製品自体だけでなく製品ラインナップにも「シンプルさの美学」を追求するAppleですが、しかし、シェアが上がるにつれて「もっとバリエーションが欲しい」という声も聞かれるようになるでしょう。ちなみに、今のiPodファミリーは、基本的には3モデル(shuffle、nano、通常iPod)のみです。おそらく、これからもラインナップを無駄に増やすことはしないでしょう。とにかくジョブズは各モデルにそのモデル独自の確固たるコンセプトを要求しますから、「ちょっとバリエーションを増やしたいから」というような動機では新モデルをつくりません。Macのようなマイノリティマシンならそれでも良いですが、iPodのようなモンスター商品では、遅かれ早かれ「バリエーション不足」の問題はでてくると思います。

そうすると、やっぱり、FairPlayを他社にライセンスして、iTMSで楽曲を買うリスナーに他社のプレイヤーを利用してもらう道を開くのが一番現実的な解決である気がします。

この方法はまた、iTMSを真のデファクトスタンダードにのしあげるでしょう。「iPod以外のプレイヤーで使える」ということをほとんど唯一の売りにしているような配信サービスは片っ端から潰れ、ちょうどOS市場における今のWindowsに近い立場にのしあがることができるでしょう。このメリットは大きいと思います。さらに、長期的には、FairPlayに対応しない携帯プレイヤーの息の根をとめることができるでしょう。

斯樣に、FairPlayをライセンスすると、iPodの売上げを多少犠牲にすることがあっても、巨視的にはかなり戦略的に有利な札を切れるようになると思います。微々たるものかもしれませんが、FairPlayライセンス料による収入もあることでしょう。

ということで、今はまだ状況が流動的というか、様子見すべき段階だとは思いますが、将来的にはFairPlayライセンス供給へ動くんじゃないでしょうかね。どうでしょうか。