Kylie Minogue "Better The Devil You Know" (1990)

Greatest Hits 87-97 (Bonus CD)

written by M. Stock, M. Aitken, & P. Waterman

またストック・エイトキン・ウォーターマンか(「オレ心」第一回参照)!… って、オレ、昔はユーロビート(ユーロポップ)って嫌いだったはずなのにな。

このカイリー・ミノーグのベスト盤は素晴らしい内容なんですが、収録されている数ある泡沫的ポップスの名曲の中でもっとも素晴らしいと思うのがこの「Better The Devil You Know」。ユーロビート全盛期のカリスマ・プロデューサー・チームのストック・エイトキン・ウォーターマンの曲ですが、ベタなユーロが下火になる時期だったせいか、それともカイリーがアイドルから脱皮しようとして大人っぽさを出したかったからか、この曲はユーロというよりハウス色が強いですね。というよりほとんどハウスそのもの。

しかし、イントロのシンセからストック・エイトキン・ウォーターマンの甘酸っぱいメロディセンスが炸裂。もうここから胸キュン。

歌の方はごくごくシンプルな構成&メロディ。しかしシンプルながらもすごくいい。歌詞とメロディのバランスが絶妙なんです。どういう歌かというと、要するに、浮気性のドキュソの彼氏を持ってしまったドキュソ女の哀しい叫びなんです。もうあたしを捨てないって言って。言い訳はもう何百回と聞いたから聞きたくない。そしてサビでこう歌います。

  許してあげる、忘れてあげるわ
  ずっと居てくれるって言ってくれれば
  ほら良く言うじゃない
  同じ非道い人ならよく知っている人の方がいいって

  I'll forgive and forget
  If you say you'll never go
  'Cos it's true what they say
  It's better the devil you know

なんて後ろ向きな! こんな後ろ向きなラブソングはあんまりないですね。「better the devil you know」は、「better the devil you know than the devil you don't」(知らない悪魔より知っている悪魔の方がまし)ということみたいですね。

そう、この歌の女の子はすでに諦めているんです。また男が浮気して自分を捨て、そして破綻して自分のところに戻ってくる、それをこれからも繰り返すだろうということを。だから言い訳は聞きたくない。「ずっと私のもとにいてくれると言って」…それを言うだけで「今までのことは水に流して上げる」んですよ。なんて甘い条件! しかも、「言って」とは言っているが、「約束して」とは言ってない。約束したって破るってわかっているんです。だから約束なんていらない。ただ今、この刹那だけでも「言って」くれればそれでいい。それ以上は望まないし、それ以上を望んでも無駄。でもそんな貴方を嫌いになることができない。

オレには信じられない思考ですが、こういう女性はいますよね。理屈では共感しえないその感情を、カイリーはヘタなりに(でも彼女は最近歌がうまくなりました。努力のヒトなのです)高揚感をもって歌い上げる。この微妙な歌のヘタさ、一生懸命さがこの主人公の女性の駄目さ、しかもそれを自覚しているという切なさを奇跡的に表現しています。名曲です。

ちなみに、Wikipediaの解説によるとニック・ケイヴ(カイリーと同じくオーストラリア出身の、ポスト・パンク・アンダーグラウンド・カリスマ・シンガーで、アングラなのにカイリーのファンとして知られている)がこの曲について、「自分が今まで聞いた中でもっとも哀しい歌詞だ」だと評したそうですが、世界でもっとも哀しいかどうかはともかく、哀しい歌であるのは確かです。

iTMS USAにおける当該曲