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「ハートフル」

神戸ルミナリエを前に障害者のためのハートフルデー

 阪神大震災の犠牲者の鎮魂と復興への願いを込めた光の祭典「神戸ルミナリエ」(6〜17日)を、障害のある人に一足早く楽しんでもらう特別点灯「ハートフルデー」が4日夜、会場の一つである神戸市中央区の東遊園地で開かれた。

http://www.asahi.com/national/update/1204/OSK200712040183.html

ニュースの内容に特にコメントはないのですが、気になるのが「ハートフル」という言葉。英語表記すればheartfulでしょうか。でもこんな英単語は存在しません。言いたいことはわかります。「-ful」は形容詞の「full」から来た接尾辞で、名詞に付けると「〜に/でいっぱいの」という意味になります。「roomful」と言えば、「部屋いっぱいの」、「handful」といえば「片手または両手いっぱいの」、「prideful」といえば「プライドでいっぱいの」ということですから、「heartful」といえば、「ハートにいっぱいの」あるいは「ハートでいっぱいの」ということでしょう。英語に存在してもおかしくない語だと言えるでしょう。

でもないんです、そんな単語。少なくとも、普通の人は使わない。

ですから、英語ネイティブスピーカーが「heartful day」とか「heartful dinner」とか見ると、「ん? んん??」と思うでしょう。もちろん「-ful」の意味が比較的明らかで意味的生産性があるので、言いたいことは伝わると思います。しかし、同時に「なんか変な英語だな…」という印象も残すでしょう。

そんな懸念をよそに、「ハートフル」という言葉はなんだか日本語に定着しそうな勢いです。介護関係にもよく使われるようです。「いいじゃないか、カタカナ英語だって、ジャパニーズイングリッシュだって、立派な日本語だ、恥ずべきことはない」と言う人も多いかと思います。

でもさ、そりゃカタカナ英語だって日本語だろうけど、我々には和語があるんだから、なんでわざわざ怪しげなカタカナ英語を積極的に認める必要があるのだろうか、とぼくは思うわけですよ。ひっかかる。しかも「これは造語だ」と分かって使うならまだしも、「ハートフル」が英語だと勘違いしている人もたくさんいそうだし。

まあ、こんなふうに愚痴っても「ハートフル」はそのままカタカナ英語として定着するんでしょう。ちなみに和製カタカナ英語である「ハートフル」に対応する英語は「hearty」です。