読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

勝手ながら従業員も使用させて頂いております

某店舗のトイレにあった張り紙。ご丁寧に各便器の前と、洗面台のところに貼ってありました。

ありがちな但し書きですが、店が維持・提供しているトイレなのに「勝手ながら」というのはいかがなものか。単に「従業員も使用させて頂いています」だけでいいのではないか。(「させていただく」も十分変ですが。)

このように、あくまで謙虚に謙虚にへりくだるのも「日本人の美徳」なんだと言う人もいるかもしれませんが、そうだろうか。どっちかというと「とりあえず謝っておけば間違いはないだろう」「張り紙貼るのは別にコストかかんないし」という、美徳というよりむしろ誠意のなさを感じます。「責任の所在はどこにあるのか、考えるのも議論するのもめんどいから、とりあえず謝っとこう」みたいな。大は小を兼ねるというか、必要とされるより多めに謝っておけば間違いはないだろう、みたいな。そんなの美徳じゃない。

前あった気象庁の、過大だった津波予報についての謝罪もそうでしょ。「もしかしたら別にうちらが悪いってほどじゃないかもしれないけど、万が一批判されること考えると、先手を打って謝っておいたら無難だ」みたいな。「謝るのはタダだし」みたいな。

大学生が不祥事起こすと、大学の副学長やら先生方やらが謝罪、とかね。「その学生の不祥事は本当に大学の責任なのか?」…うっすらと疑問に感じる人もいるかと思います。しかし、そういうことを議論の対象にするとまたバッシングが起こって、大学のブランドも落ちるかもしれないから、とりあえず謝罪しておくんですよね。

で、見ている方も、「まあ、謝っているんだからいちおう許しておこう」と振り上げた拳をおろす。

そしてすべての責任があやふやに(笑。

もうこういうの、やめません? 少しずつでいいから。謝るのは「確実にその責任が問われるとき」にとどめませんか? そうじゃないと、このまま思考停止大国の道を邁進することになると思いますよ。それから、日本人の「リンチ体質」を改めるためにも、なんでもかんでも、「深い考え無しに吊るし上げてバッシングして溜飲を下げて、はいおしまい」というのもやめた方がいいね。