「大学合格73人 実は1人」問題

この報道。

「大学合格73人」実は優秀な1人が受験 大阪の私立高

 私立大阪学芸高校(大阪市住吉区、近藤永(えい)校長)が大学入試で、優秀な生徒の受験料を負担し、志望校とは関係なく多数の有名私大を受けさせ、合格実績を「水増し」していたことがわかった。大学入試センター試験の結果だけで合否を判定する私大の入試を利用。06年度入試を受けた生徒は、1人で「関関同立」と呼ばれる4私大の73学部・学科に合格していた。同校は、合格実績を上げた生徒に対し5万円の「激励金」も払っていた。
 同校によると、73学部・学科に合格した男子生徒は特進コースに在籍し、成績は理系トップ。国公立大志望だったが、関西、関西学院同志社、立命館の「関関同立」の5学部・学科も受けるつもりだった。大阪学芸高は受験直前、センター試験の成績だけで合否が決まる枠のある、「関関同立」の文系を含む計68学部・学科にも出願することを持ちかけ、同意を得たという。
 男子生徒は元々受けるつもりだった5学部・学科と合わせ73学部・学科にすべて合格した。受験料と願書の送料計約143万円は全額、奨学金の名目で学校側が負担。さらに激励金5万円と数万円相当の腕時計を贈ったという。

http://www.asahi.com/national/update/0720/OSK200707200163.html

もう、「終わっトル」としか言いようがないですね。何が? いや、いろいろ。ここんところ偽装やら粉飾やら、競争主義・成果主義・数字主義の弊害ばかりが目について、ほんとに日本は「美しい国(笑)」になっているのかと。むしろ「目に見える数字だけ良ければなんでもありの国」になっているのでは? もともと成果主義寄りだったオレも非成果主義になってしまいそうな勢いです。マジで、悪貨良貨を駆逐するというか、日本伝統の職人文化というものがコスト主義効率主義の中でものすごい勢いで破壊されているのではないかと思ってしまいますね。

「終わっトル」もののもう一つは入試制度ですね。こういう問題があるということを入試に関わる側の一端を担っているはずのオレは恥ずかしながら知りませんでした。「歯医者さんの一服日記(7/21)」さんによれば、御身内でも同じようなことがあったそうで、多くの私立で常態化しているのではないかということ。私立高校と言っても、国立指向のトップ私立はそんなことはしていないでしょうが、私大進学が売りになる多くの私立高校では十分ありえる話なのかもしれません。

しかし、73学科に合格って、すごいな。いや、合格したのがすごいんじゃなくて、ごく一部の私大だけでそれだけ併願できるというのがすごい。

そもそもセンター入試とは何なのかと言いますと、ご存知の方も多いかと思いますが、ようするに、受験料(一般入試の受験料よりだいぶ低い…当たり前だけど)とセンター入試の成績を出せば合否判定されるという入試です。一般入試とセンター入試を組み合わせたハイブリッド型センター入試も存在しますが(意味ねー)、それは今回は関係ないのでおいておいて。ではなぜセンター入試が存在するのか。大学の思惑はいろいろあります。まず、単純に、受験の機会を増やして一人でも良い人材をすくい取りたいとか。さらに、国公立落ちの、浪人回避の受験生をあわよくばすくい取りたいとか。しかし、そういう薄っぺらい動機しかないわけではありません。私大は入試機会の増大とともに、入試作成・実施に対する労力が増えています。そんななか、効率的な選抜方法として、うまくセンター入試を利用できないかと、手探りで模索しているという側面があります。

しかし、現実的には、センター入試は使えないというのが現状です。国公立志願者の滑り止めという側面が抜けきらず、さらに併願が容易なので、センター入試は合格者に対する入学手続き者の割合(いわゆる歩留まり)がものすごーーーーーーーく低いのです。大学としては、センター入試で入学する人の割合を増やしたい気持ちがあるのですが、あまりに歩留まりが悪すぎて、使えないんですね。歩留まりが悪いなら、受験者に対する合格者をもっと多くして成績が下の合格者を増やせば歩留まりは改善するでしょうが、競争倍率を無闇に下げるのはリスクがあるのでそれもできないと。結果、合格者はほとんどが国公立の滑り止めか、あるいは、より上位の私大に流れる人ばかりになり、全然入学手続きしてくれないということになります。

金と紙切れを送るだけで受験できるんだから、こういうふうになるのも当然かもしれません。かといって2次試験をやるんじゃ入試業務の負担軽減にはならないので意味はありません。センターの成績と一般入試(一科目だけとか)を組み合わせるハイブリッド型は、センター入試の歩留まりの悪さを改善する一つの方法ですが、私大の一般入試がセンターの試験と大差ない内容なんだから、ハイブリッドにすることには実質的な意味はありません。

アメリカの入試では、共通試験であるSATのスコアとともに、抱負や動機やらを書いたエッセイ(小論文)やら、高校の成績証明書やら、推薦状やらを大学に送って判定されます。日本の一般入試に当たるものはありません。何が要求されるかは大学によって違うし、重要なファクターであるエッセイも大学や学科によって内容を変える必要があるので、無茶な併願はできません。留学などでアメリカの大学に願書を送った経験のある人なら、必要書類を準備することがどんなに大変か分かると思います。確かに試験スコアはSATのみということになりますが、SAT以外の願書書類の比重もかなり大きいため、日本のセンター入試のように、テストスコアによる大学の厳しい序列化は起こらないということになります。

日本で同じような制度を導入しようとしても無理です。なぜならセンター試験は一年に一回、しかも入学月の3ヶ月前にしか行われないからです。テストスコア+他の願書書類による総合判断をするのは時期的に無理です。一方、SATは年に7回実施され、いつでも何回でも受けられます。そのスコアをもって、高校生は早ければ大学の入学月(9月)の10ヶ月ほど前から大学への出願を開始します。出願の締め切りは大学によって違い、早い大学は9ヶ月前ぐらいに出願を閉め切りますが、仮の期限を設けるけれどもその後も定員が埋まるまで随時出願を受け付ける大学も多数あります。多くの受験生は入学月の大体半年〜3ヶ月前ぐらいまでに進路が決まります。

とにかく、制度的にセンターは私大にとっては使いにくい。選抜リソースとしてぜひ利用したいのだけれど、現状ではスコアだけで合否判定という形にならざるを得ない。結果、偏差値による序列化が起こるし、合格者は入学手続きしてくれないし、したとしても「浪人回避のためにしかたなく」という低いテンションで入ってくる。スコア提出の他に「貴大学貴学科にぜひ入りたいです」とアピールしなければならないアメリカの入試制度とはその点でも大きく違います。

大学教育を改革するなら国はここにメスを入れるべきでしょう。センター入試に限らず、一般入試でもそうですが、今の受験生は、入学試験でどれぐらい点数がとれるか、そしてそれが受験する大学の合格基準に達しているかということを大学選びの大きな基準にしています(もちろんそれだけではないでしょうが)。つまり、自分がその大学・その学科にどれぐらい適性があるかということをあまり真剣に考えない傾向があるわけです。日本の大学生は学びのモチベーションが低いと言われていますが、入試制度の構造的問題の影響は大きいと思いますよ。