インランド・エンパイア (2007) ★★★★

デイヴィッド・リンチの新作。まだ一度しか観ていないのでなんとも言えないけれども、とりあえずの感想。

ソニーのHDデジタルビデオで2年半に渡って撮影されたという3時間の大作で、リンチ作品の中でもっとも抽象度の高い「ロスト・ハイウェイ」(1996)をはるかに超える抽象度に、リンチ・ファンのオレも「???」だらけに。何が起こっているのかまったくわからない。しかし最後の20分でちゃんと収束しているのがさすが。でもやっぱり良く分からないけれども。

この新作でおもしろいと思ったのは、映画資本に頼らず、大部分自主制作で、デジタルビデオカメラで、少人数クルーで、予算から来る時間の制約を気にせずに、というリンチにとっては新しい制作スタイルで撮られたところ。これまでのリンチといえば、完璧とも言える映像美がトレードマークだったと思うが、この作品は全体にローファイで、まるで日本の若いインディー映画監督が撮ったかと錯覚する瞬間も多々ある。映画の終盤でローラ・ダーンが遭遇するアルター・エゴとしての「亡霊」のショッキングなインパクトも非常にローファイで、こういうローファイさはあまりこれまでのリンチ映画では感じられなかったもので、新鮮。

このローファイさはしかし、この春たまたまフランス出張で観る機会があった「デイヴィッド・リンチ展」にて体験済みであった。そこには「Distorted Nude」という、裸婦写真を(おそらく)フォトショップでいじった作品があったのだが、これが実にローファイで、ローファイゆえの不気味さがあったのだが、同じフィーリングが今回の「インランド・エンパイア」にはある。デジタルという安価で直接的な(つまり一人でもできる)創造ツールを得て、ローファイ/自主制作に戻っていっているようで、興味深い。たぶんすごく楽しいんだろうな、この方法が。リンチ自身「もうフィルムには戻らない」って断言してるし。ただ、映像自体はやっぱりフィルムの方が美しかったので少し寂しい気も。

それはともかく、アメリカでは数ヶ月後に出るという、リンチ特製DVDの発売が待ち遠しい。出たら観たおすぞ〜!