京都地裁で賃貸の「更新料」を無効とする判決を出したことについてコメントしたいと思います。
「賃貸住宅の更新料は無効」 100万戸に与える判決の衝撃度
更新料とは、例えば、2年ほどの賃貸契約を更新する際、家賃の1〜2か月ほどを家賃とは別に支払うシステムだ。首都圏や近畿地方の京都などで、いわば慣習となっており、約100万戸が該当するとされている。
その「慣習」について、京都地裁は2009年7月23日、否定するとも受け止められる判決を下した。京都府在住の20歳代の会社員男性が、更新料など46万6000円の返還を家主に求めた訴訟で、消費者契約法に反して無効だする初の判断を示して、家主に全額の支払いを命じたのだ。男性は、入居2年後の再契約で家賃2か月分11万6000円を支払って更新後2か月ほどで退去し、この更新料は入居者の利益を一方的に害するなどと訴えていた。
これに対し、家主は、更新料には賃料の補充的要素があるなどと反論。しかし、判決では、更新後の入居期間に関係なく一定額を支払わなければならず、更新料は賃料の補充的要素とは言えないと結論づけた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090724-00000005-jct-soci
個人的には、この判決は当然だと思います。しかし、それは「更新料=ぼったくり、悪である」からではなく、「更新料は名目と実質が乖離しているからイクナイ!」からです。
これについては後述するとして、家主側の反応はどうでしょうか。家主側弁護士は以下のように述べています。
京都地裁のこの判決については、家主側は、これまで同様な判決がなかっただけに、困惑している様子だ。
代理人の谷口直大弁護士は、こう指摘する。
「判決は、全部おかしいと思っています。家主の収入と借り主の支出との割り付けの問題なのに、名目上のことだけ見て判断しているのは適切ではないからです。更新してから借り主がいつ家を出るか分からないから、更新料などがあるわけです。それで家賃が安くなっているのに、無効なら家賃を上げるしかありません。結局、消費者の首を絞める、視野が狭い判決ですね」
この言説の前半は正しいと思います。
まず、「家主の収入と借り主の支出との割り付けの問題」というのはその通りでしょう。賃貸業というのも、そう楽な商売ではありません。競争も激しいし、リスクもある。その中で、赤字を避け、利益を生むような必要な収入を得なければならないわけですが、「更新料」というのは、得るべき収入を家賃に均等配分せず、家賃を下げる代わりに更新時に安くした分を一括徴収するというシステムなわけです。ですから、「家主の収入と借り主の支出との割り付けの問題」というのはまったくもってその通りです。
さらに、「それで家賃が安くなっているのに、無効なら家賃を上げるしかありません」というのも、まったくもって正論です。そう、家賃を上げなければなりません。
しかし、「結局、消費者の首を絞める、視野が狭い判決ですね」という結論は明らかにおかしい。「更新料」がなくなった分、「家賃」が上がるのならば、プラマイゼロ、消費者の首は締まらない。本当に「割り付け」の問題であるならば、「更新料」として徴収していたものを「家賃」に割り付け直すだけなのですから。
さらに、「更新料がない=消費者の損」というならば、「更新料」という慣習がない地域はどうなのか。更新料があるのは、関東(首都圏?)と、京都ぐらいなものです。関西でも大阪や兵庫では賃貸の更新料というものはありません。ついでに欧米でも更新料などありません。これらの地域では更新料がないがゆえに消費者は損をしているのでしょうか? そんな声は一切聞かれません。つまり「更新料がなくなる」=「消費者が自分の首を締めることになる」というのはまったくの詭弁ということになります。
一方、長期的に見れば、「更新料」がなくなったからといって、消費者がすごく得するということもないでしょう。上述のとおり、「更新料」は「家主の収入と借り主の支出との割り付けの問題」なのだから、更新料が取れないということならば、家賃が上がることは避けられないからです。
しかしそれでもなお、今回の判決が大変大きな意義を持つとぼくは考えます。なぜか?
それは、課金の透明性が上がるからです。
金を徴収するならば、当然名目が必要です。そして、名目と実質が合っている必要があります。でなければそれは詐欺です。
それなのに、どうも日本のシステムには、いろんな分野で「名目」と「実質」の乖離が、暗黙の了解として黙認されていることが多いように思われます。賃貸業界の「更新料」「礼金」(関西では「敷引」)がその最たるものです。なんで更新するのに家賃1ヶ月とか2ヶ月のお金を手数料として大家に払わなければならないのか。なんで契約時に大家に「礼」としてお金を包まなければならないのか。まったく意味がわかりません。
しかし、意味が分からなくても、それが商習慣としてあるならば、それ込みで価格競争が起きます。ですから、礼金や更新料は必ずしもぼったくりとは限らないし、大家にとって「必要な収入」であるのは確かでしょう。もしそれらが禁止されれば家賃を上げて補填せざるを得ない。
でも家賃が上がったとしてもそれが望ましい姿なんです。名実が一致していない課金というのは良くない。「どうせ金取られるんだから一緒じゃん」てことにはならない。なぜなら、家主はプロで店子は素人という不均衡があるから。どさくさにまぎれて訳の分からん課金をされて、ぼったくられる危険を背負っているのは店子なのです。
賃貸なんてものは、家賃と保証金。それだけに絞るのが理想でしょう。実際欧米ではそうなっています。もちろん、日本では法律で店子が手厚く保護されているから、欧米と同一に考えるわけにはいかないかもしれません。だからといって、労働対価、経済的価値のないところで課金をしていいということにはならないでしょう。上の家主側弁護士は「名目上のことだけ見て判断しているのは適切ではない」と言っているが、そうじゃなくてむしろ裁判所は「名目と実質を合わせろよ」と突っ込みを入れているわけなんです。
また、礼金(敷引金)についての以下のような考え方にも問題があると思われます。
家主らでつくる全国賃貸住宅経営協会では、「(中略)敷引金についても、敗訴が続いていますが、傷をつけたり滞納したりするケースが増えていますので、保険として徴収せざるを得ないと考えています」と話している。
結局、「滞納したり傷をつけたりする連中から被った被害を補填する予算を、善良な店子から徴収する必要がある」と言っているわけでしょ? そんな名目じゃ店子は納得しませんよ。
そりゃ、大家側の言うことももっともな側面はあります。大家だって慈善事業じゃないんですから、不良店子の問題込みで利益が上がるようなビジネスモデルと立てなければならないわけですから。ただ、それを「礼金」とか「敷引」という意味不明の名目で徴収するのはいかがなものかと思うわけです。素直に家賃に反映させればいいのではないか。
ちなみに、更新料のない大阪や兵庫では、敷金・礼金(敷引)がかなり高額で、合わせて家賃の6〜10ヶ月取るのが相場です。つまり、10万の家賃のマンションを借りるには100万を敷金・礼金で用意する必要があるのが普通なのです。正直、そんだけ徴収しておけば、家賃10ヶ月滞納しても補填できるんだから、家賃滞納のない優良店子から礼金取る必要あるのかと言うのが素人たる店子の普通の感覚でしょう。それでも補填できないなら、礼金とか敷引とか怪しげな名目じゃなく、普通に家賃に反映させてくれと思います。てか、敷引って意味わかんねえ。
ただ、礼金やら更新料込みで家賃を低く設定している地域で、一人の大家だけが「よし、礼金も更新料もやめた」と言って家賃を上げるわけにはいかないでしょう。競争に負けるでしょうから。だからこそ、裁判所が「名目と実質が一致しない課金はやめろ」と判決を出すのは意義深いことだと思うのであります。