iTMSの価格体系はどうあるべきか

iTunes Music Storeといえば、アメリカでは1曲99セント、アルバム9ドル99セントという「統一価格」でセンセーションをまきおこしたサービスですが、日本では業界の抵抗が強く、1曲150円または200円という二重価格制度でスタートしたのはご存じのとおりです。これに関してはいろいろな意見があるようですが、また、アメリカでもレコード会社側が99セントの統一価格の見直し(主に値上げ)を求める動きもあり、ここでオレの考えをちょっと書いてみたいと思います。

音楽配信といえば、配信の場を提供する配信業者がいわば「小売り」になるわけですが、問題の難しさは、小売りの形態としては特殊である点にあるといえるでしょう。普通、小売りには在庫がつきもので、この在庫のリスクと背中あわせだからこそ、小売り業者どうしの間に価格競争が生まれるわけです。よく大型家電屋なんかで「他店より1円でも高い場合はおしらせください、値引きします」という貼り紙を見るのは、結局は在庫をかかえてしまうことのリスクと背中あわせだからですよね。(もちろん他の要因もあるでしょうが。)売れない商品の値段が下がるのも、在庫整理のためです。

しかし、音楽配信というのは、購入者が購入ボタンを押した瞬間に複製して届けるシステムですから、在庫が生じることは決してないわけです。もちろん、インベントリー(品目)という意味では、それぞれの楽曲は一定の物理的負担を配信業者に強いるわけですが、それぞれの品目について在庫が生じることはないのであります(経済の専門家ではないので微妙に用語の使い方が間違っているかもしれませんが、そのへんは汲んでやってくださいませ)。だから「売れないから在庫処分」なんてことも起こらないし、逆に、ライバルの配信業者との競争に負けたらといって不良在庫をかかえてしまうわけでもない。もちろん収益という観点では価格競争が起こる余地は十分あるわけですが(事実、iTMS Japanが1曲で150円でスタートする時期に前後して、他の配信業者も一斉に値段を下げましたね)、しかし、在庫が生じる普通の小売りと比べれば、損失のリスクが短期的にははっきりと見えないため、細かい価格変動が起こりにくいと言えるでしょう。つまり値段が高め設定で停滞することがありうる。

さらに悪いのは、品を卸すレコード会社の方にリスクが非常に小さいという点です。配信業者が他社との競争に負けて損失をこうむることがあったとしても、レコード会社にしてみれば競争に買った方から収入があればいいのだから、リスクが少ない。しかも、CDという販売チャンネルが大きいわけですから、配信ビジネス全体がコケてもいっこうにかまわない。むしろコケてほしいと思っている会社は存在しているはず。日本の場合は再販制度という欺瞞的制度がレコード会社を保護していますから、価格競争なんて起こってもらってはそもそも困るという風潮が強い。

こういう背景があるからこそ、Appleは執拗に統一価格路線(日本の場合は、二重統一価格)にこだわったんですよね。結局、レコード会社は配信が失敗しようが、はっきり言ってどうでもいいと思っている。そんなレコード会社側に価格決定権を渡したら、価格は高め設定され、聴衆はそっぽを向き、永遠に音楽配信ビジネスは軌道にのらないだろう、と。

その認識は正しく、Appleの統一価格路線は大きな成功を納めたわけです。

しかしオレは、将来的には、価格決定をもっとフレキシブルにするのが望ましいだろうと思っています。現在、日本では150円と200円ですが、新曲や話題の曲は200円、それ以外は150円という大雑把な棲み分けができています。オレ自身は200円の曲なんて買いませんが、この棲み分け自体は理にかなっているなと思います。

で、アルバムの方に目を向けますと、これがまた実に様々な値付けがされており、たぶん「1500円または2000円」というのが建前上の統一価格になっていると思うんですが、実際はほとんど何でもあり状態。2400円なんてCDと変わらん値段もあれば、特に収録曲が10曲以下の場合は1200円とか1000円といった値付けもある。

また、同じ1500円という「標準的」な値付けでも、10曲1500円(=1曲150円)ということもあれば、ベストアルバムなどの場合は収録曲が多く、1曲あたりの値段が格安になっている場合もあります。

いくつか例を挙げますと、たとえば、カントリーの神、ハンク・ウィリアムズのベストアルバムは、40曲入り1500円(=1曲37.5円)。ヒット曲、名曲はほとんど網羅されている素晴しいアルバム。
http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?id=14447450

ストーンズの全盛期シングル集は、2900円という値段だけど、58曲(CDで言えば3枚組)入りで、1曲あたりに換算すれば50円です。曲は神的にすばらしい曲ばかり。
http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?id=76238882

インディーですが、Kindercoreレーベルの98年のオムニバスは23曲入りでなんと600円(1曲換算26円)。内容も良く、ベル&セバスチャン系やマイナーなフレンチポップなんかが好きな人には受けるかと。
http://phobos.apple.com/WebObjects/MZStore.woa/wa/viewAlbum?id=20838598

実はこういう状況はアメリカでもあり、安いアルバムもあれば、大して曲数もないのに9ドル99の値付けを守ってないアルバムもあります。「Song only」販売でアルバムの価格を実質的につりあげているアルバムもあります。つまり、アメリカでも「1曲99セント」は堅持されているが、「アルバム9ドル99セント」の方はかなり崩れていると言うことができましょう。

で、オレはこの状況についてはわりと健全なことだと思うんですよね。ハンク・ウィリアムズのように死後何十年も立っているアーティストの曲が低い価格設定で販売され、投資をこれから回収しなければならない新譜がそれより割高なのは理にかなっている。

そう考えると、最終的にはiTMSでも曲単位販売の価格も柔軟になるべきでしょう。今日本では150円か200円の二者択一ですが、100円、50円で売られる曲があってもいい。250円や300円の曲がでてきて主流になったらそれはそれで嫌ですが、もし配信の影響力がもっと強くなったら、新譜にしても250円にするか200円にするか150円にするか、このあたりの「駆け引き」が生まれるのではないかと。今は「新譜は自動的に200円」なんて風潮がありますが、フレキシブル時代になれば、「強気に250円」とか、「新譜でもあえて150円をつけて割安感でスタートダッシュ」とか、いろんな戦略が考えられ、それが結局一つの健全な「競争」として機能するんじゃないかと思います。また、なあなあの癒着が激しい現在の音楽流通業界と違って、Appleはしがらみがありませんから、レコード会社も根回しで価格操作することもやりにくいだろうし、健全だと思います。

しかしそうなるためには前提として、音楽配信がもっと影響力を持ち、レコード会社が真剣にマーケティングを考えてくれるようになる必要があります。現状のように内心「コケろコケろ」と思いつつ価格設定をしているレコード会社が存在するような段階では、フレキシブル価格設定も裏目に出るだけでしょう。もうしばらくは統一価格を維持しなければならないかもしれません。

いじょ。