5月〜7月までの経緯

2007年5月

  • ぼちぼちとJ-ビザの申請書類の準備を始めました。めんどくせー。参考にしたのは主に以下のサイト。
  • 書類を準備するにあたって良く分からなかったところは以下の通り。
    • ビザ補足申請用紙DS-157。こいつは履歴書みたいなもので、超めんどくさい。しかし解せないのは、この書類を提出しなければならない人の規定。上記「Jビザの取得(基本編)」のサイトでは、「2004年2月1日から16歳以上のすべての申請者(男女とも)が提出を義務づけられました」とあり、公式サイトの英語サイトでも「16歳以上は全員」とあったのですが、なぜか公式サイトの日本語バージョンには「16〜45才の男性のみ」とあります。どれが本当やねん! 結局念のためオレとスーパー同居人ちゃんの分両方を用意しました。
      • 後日談:しかし、8月現在、公式サイトの英語バージョンの方も「required for all male applicants aged 16 to 45」に変わっていたので、たぶん2004年以降男女ともに提出が義務づけられていたのが、つい最近男性のみという規定に変わったということなのでしょう。なぜ45歳までなのか、そしてなぜ男性だけなのか、まっっっっっっったく意味不明ですが。
    • 成績証明書。「成績証明書:ビザ申請日から遡って過去5年間に米国留学の経験がある方は、留学していた期間の成績証明書を米国の学校から入手してください。米国留学の経験がない場合は、最近3年分の成績証明書を日本あるいは米国以外の学校から入手し提出してください」とあります。めんどくせーーーーーーーーーー!!!!! ちなみにこれは配偶者については必要ないようです。
      • 後日談:めでたくビザが送られてきましたが、成績証明書も戻ってきました。しかも封もあけてないでやんの。いらねーんじゃねーかよ!!! まあ、とはいえ、公式サイトにいるって書いてあるんだから、用意しておいた方が無難でしょうね。
    • 科学(化学)技術関連プログラム参加者必要書類。公式サイトに「科学(化学)技術関連プログラムに出席する方は、完全な履歴書、すべての出版物のリスとト(該当者)、"Conference Questionnaire" 、学校からの許可通知・手紙の提出が必要です」とあります。しかし、「科学(化学)技術関連プログラム」の定義が不明。「化学」なら該当しないことはあきらかだけど、「科学」じゃ広すぎるんだよ! 「科学者トホホ日記」さんが「在外研究は『科学技術関連プログラム』に該当するので」とさらりと書いていたので(4/13/2005)、いちおう出版リスト込みのCVを用意しておきました。別に学会出席が目的ではないから「Conference Questionnaire」はさすがにいらないだろうと、用意しませんでした。
      • 後日談:ビザが送られてきたときに封も切られていない成績証明書が戻ってきたのは上述しましたが、CVも戻ってきました。戻ってきたということは「いらん」ということなんでしょう。ただ、「科学技術関連プログラム」云々は抜きにして、大学からの受け入れの手紙は提出した方が良いと思います。

2007年6月

  • アメリカの事務仕事にしては珍しくというか何というか、予告通りに6月中旬も終わろうかというときに受け入れ先のハー大からDS-2019が届きました。スーパー同居人ちゃんの分もちゃんと入っています。これでビザは取れたも同然。Fビザ(学生ビザ)よりJビザ(研究交流ビザ)の方が審査はスムーズだそうですから。ビザ審査とはすなわち、「おまえ移民するつもりちゃうやろなあ?」という審査なので、Jビザで、しかも日本で雇用されたままの渡米なんで、書類によっぽど落ち度がなければビザ拒否される理由は皆無だもんね。
  • というわけで、さっそく予約を取る。予約とりにくいという噂も聞いたけど、1週間先でも余裕でとれた。東京だとまた違うのかもしれないけど。
  • 「10日後にビザの面接だから、財政証明くださーい!」と人事に頼みにいく。って、頼むタイミングがギリギリすぎ。
  • 車を売る。15万。

2007年7月

  • スーパー同居人ちゃんとともに面接会場へ。大阪のアメリカ領事館は梅田と淀屋橋のあいだぐらいにあるんですが、10時の予約時間遅れそうになったんでタクシーで現場に。すでに行列ができておりました。館内はペットボトルのほか、携帯やiPodも持ち込み禁止。入り口でiPodを預けてからセキュリティを通って中へ。
  • とりあえずすげーーーーーーーーーーーーーー待ち時間が長かった。10時の予約で解放されたのが12時前。面接時間は5分ぐらいというありがちなパターン。ただ、係員や面接官の対応がとてもフレンドリーでにこやかだったのは意外。書類受け取り拒否されて号泣したりする人もいなかったし、拍子抜け。もっと阿鼻叫喚地獄を期待していたのに。
  • 面接日の翌週にはビザが届きました。

つづく。